2000年代頃、日本では「自分探し」と言う言葉が流行りました。
これは自分の生きがいや理想像を追い求めて、海外放流や自己啓発する行動を指して言われた言葉です。
自分らしさには、他者に依存しない確かな自分を手に入れられる魅力があると思います。
他にも「自分軸」「ありのままの自分」と言われるたりしますが、このとらえ所の難しい概念を心理学的に考えていきます。
アイデンティティの心理学
自分が社会で何ができるのか?自分にしかできないことは何か? という問いを持った経験は誰しもがあるかもしれないですが、この疑問に対しては「アイデンティティ」を理解する事が鍵になりそうです。
アイデンティティとは心理学では同一性と訳され、自分がどういう人間であるかを理解している状態を指します。
そしてアイディンティがあるかどうかを判断する条件には、以下の2つが必要とされています
① 自分の中で一貫した理念や思想、夢
② ①が社会で承認されること
①の一貫とは、自分の「過去」・「現在」・「未来への願望」が一致している状態をさします。
人生経験によって、人は物の見方や知識・スキルを蓄えて糧としていきます。
その経験の中から「これをしたい」という、一貫した方針として理念や夢が出来上がるのです。
しかしそれは自分完結ではなく、社会で承認されることがもう一つの条件②となります。
自分の考えが社会との間で同一化している(=認められている)状態が実現して、アイデンティティと言える訳です。
ただここでの社会は大袈裟なものではなく、会社や友人など自分の周りの社会も該当します。
以下で2つほど例を挙げたいと思います。
アイデンティティの例
世界と自分の内面世界との間に連絡をつける
1988年に芥川賞を受賞した池澤夏樹の本「スティルライフ」。
この本にこのような一説があります(抜粋説明)
「外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。大事なのは外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること。」
この小説は、まだモラトリアム最中の青年「僕」が、少し年上の「佐々井」と言う人物とのふれあいを通して自分探しをしていく物語です。
この一説はその冒頭に書かれているのですが、これはアイデンティティを見つける感覚と非常に近いと感じています。
つまり、まずは自分の世界を豊かにすること。
そしてその中で持った自分なりの考えを世の中へ発信したり試したりして、反応を見る。
その結果を受けてさらに自分の世界に磨きをかけていく、と言う事なのかもしれません。
この作品では自然の描写が非常に美しく描かれているのですが、そういった感性を持って周りを見ることの大切さを説いています。
自分の世界を豊かにするには、感性を持って外の世界を観察・体験し、自分の心に残していくことなのかもしれません。
感性を持って得た体験が”経験”となり、自分が大切にしたい価値観が確立していくことなのでしょう。
もしかしたら芸術というのは、自分の内的世界を豊かにするために発明されたものなのかもしれません。
過去を振り返ってはじめて点と点が結ばれる
もう一つ一例を出します。
これは、アップルの創業者スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った有名な演説です。
彼はアップルの創業者として、世界初のパソコンMacを開発しました。
この演説ではその経緯が説明されています。
Macには様々な字体を表現する機能が搭載されていました。
その機能はジョブズが大学時代に学んでいたカリグラフィの授業に着想を得ています。
カリグラフィとは美しい字体を表現する手法で、彼は大学で習った事を記憶に留め、それが後にMacを開発する際の発想に繋がったのです。
その経験を受けて彼は、
「将来を見据えて、点と点を結ぶことはできません。後で振り返った時にしか、点と点を結ぶことはできないのです」と言っています。
この点と点を結ぶ行為が、アイデンティティにおける一貫性を持つことなのかもしれません。
しかし、この一貫性を持つには将来を見据えてではなく、自分の中に蓄積された経験を振り返ることで出来るのだと思います。
最後に -アイデンティティの追求は生涯の旅-
今回はアイデンティティについて解説しました。
アイデンティティには、世の中に足して何かを生み出すエネルギーにもなるので、だからこそ誰しもが追い求めるのかもしれません。
また最近の心理学では、アイデンティティは経験とともに変化する、もしくは複数出来るものという捉え方になってきています。
これは人間の寿命が伸び、変化の激しい時代だからこそ必要な考え方なのだと思います。
そしてアイデンティティを求めるのは若者だけでなく、何歳になっても追い求める時代になっていくのかもしれません。
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